ジャニー喜多川社長が死去、87歳“ジャニーズ帝国”築く




たのきんトリオ、SMAP、嵐ら人気男性アイドルを数多く輩出したジャニーズ事務所の社長、ジャニー喜多川(写真=本名:喜多川擴=ひろむ)さんが9日午後4時47分、解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血死去した。87歳だった。

★先月18日に東京都内の病院に救急搬送された。事務所は、今月1日に救急搬送されたことを発表した際に「今もジャニーは必死に頑張っておりますので、治療に専念することを最優先とさせていただきたく、ご理解くださいますと幸甚に存じます」とした。

事務所によると、搬送後、集中治療室にて延命措置を行った結果、一般病棟に移動。毎日年長のタレントからJr.までが入れ替わり病室に訪れ、ジャニーズの楽曲を流しながら同じ空間でジャニーさんとの思い出を語り合い、ジャニーさんの好物を食べることが日課になっていたという。

危険な状態に陥ることもあったがタレントたちの呼びかけによって何度も一時的に危機を脱した。

1日の嵐のデビュー20周年記念展覧会では松本潤(35)が、声を震わせながら「1日も早く元気に回復してくれることを祈っています」と心境を吐露したが、その声、思いは届かなかった。

1931年生まれ。学生時代に生まれ故郷の米ロサンゼルスでエンターテインメントの世界に憧れ、日本の芸能界黎明期から歌って踊れる男性アイドルという新ジャンルを確立。

スターを発掘する“相馬眼”を持ち、1962年に創業し、フォーリーブスや近藤真彦(54)、少年隊、SMAP、嵐ら数を輩出するなど、男性アイドルというジャンルを確立した第一人者として、一代で“ジャニーズ帝国”を築いた。11年には「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」など3つのギネス世界記録に認定された。「ジャニー喜多川」という名は一般にも知れ渡るほどだったが、公の場に姿を見せることはほとんどなかった。

昨年末には所属アイドルとして人気も実力もあった滝沢秀明氏(写真=37)が芸能活動から引退し、裏方に転身。

年明けから、新関連会社「ジャニーズアイランド」の社長として、ジャニーズJr.のプロデュースや新人発掘に従事。同社会長でもあるジャニーさんの後継者として、ジャニーズ事務所の世代交代に尽力していく。


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この記事について一言

#6 匿名@芸能ニュース 19/7/10 10:49 iPhone
ご冥福をお祈りします

#7 匿名@芸能ニュース 19/7/10 11:21 iPhone
もっと長生きしそうだったのにな

#8 匿名@芸能ニュース 19/7/10 14:31 CA003
ご冥福お祈りいたします。

#9 匿名@芸能ニュース 19/7/10 15:35 (KHTML,
葬式大変そうだな。いったい何千人来るんだろうか。

#10 匿名@芸能ニュース 19/7/10 20:43 iPhone
メイン・テーマという映画に出た友人がジャニーズ事務所だったが「ジャニーさんと一緒に寝ないとメジャーデビューさせてくれないって」と相談してきたっけ。晩年はそんなこともなかったようだが

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