昭和の名優、津川雅彦さん死去 二枚目から悪役まで




映画「マルサの女」などの俳優として知られ、監督業も手掛けた 津川雅彦(写真=本名:加藤雅彦)さんが4日、心不全のため死去した。78歳。

★男の色気と変幻自在の語り口調で二枚目から悪役まで幅広い役柄を演じた。1956年「狂った果実」(中平康監督)に、主演の故・石原裕次郎の推薦で石原の弟役として本格デビュー、「日本映画の祖」とされる映画監督の牧野省三を祖父に持ち、歌舞伎役者で俳優の父・沢村国太郎、母・マキノ智子、兄の長門裕之(写真=11年死去、享年78)をはじめ、芸能関係者のそろう「マキノ一族」に生まれ育った。40代になってからは、アクの強い役柄で印象づけた。84年に「お葬式」に出演して以降、故・伊丹十三監督映画の常連となり、87年の「マルサの女」で、毎日映画コンクール男優主演賞などを受賞。「後妻業の女」では好色な老人、アニメ作品「バケモノの子」では声優としてバケモノ界の長老を演じるなど名脇役として存在感を放った。
★私生活では、1973年に4歳上の女優・朝丘雪路さん(写真=18年4月死去、享年82)と結婚。翌年、生後5カ月の長女(女優の真由子=写真=44)が誘拐されるが無事保護される事件が起き、苦難に直面。そのため英国の古城を日本に移築しようとしたり、サンタクロースのテーマパークを構想したりと、子供の環境に関心を持ち続ける一方、北朝鮮による拉致問題の解決に大きな関心を寄せ、政府の啓発ポスターなどに協力。「拉致問題は私たちすべての問題です」とメッセージを寄せていた。08年には津川さんが経営していた玩具事業で6億5000万円の負債を抱え、朝丘さん名義の自宅を売却するなどして乗り切ったことも。今年5月、朝丘さんの死去を受けて開かれた会見では、肺炎をわずらっているにもかかわらず、酸素吸入の姿で報道陣の前に姿を現し、朝丘さんに感謝の言葉を述べていた。06年に紫綬褒章、14年に旭日小綬章。


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この記事について一言

#4 匿名@芸能ニュース 18/8/8 10:29 iPhone
楽天モーションウィジェットすげーな。サイト内容から広告が自動チョイスされるんだね

#5 匿名@芸能ニュース 18/8/8 11:14 iPhone
ドラマや映画が寂しくなります。

#6 匿名@芸能ニュース 18/8/8 12:25 iPhone
相棒が

#7 匿名@芸能ニュース 18/8/8 20:10 iPhone
素人でも分かるほど演技力の高い役者さんでしたね

#8 匿名@芸能ニュース 18/8/8 21:09 iPhone
浮気ばっかり

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